8月6日

 広島原爆投下の日。当時たった2弾しか開発されていなかった原子爆弾が広島と長崎に落とされた、しかもアメリカが戦後処理を優位に進めるためにという話も聞いている。「戦争を早く終わらせるため」ではないのだ。

 

 「憲法での不戦」歩みは重い


 毎日新聞6日夕刊の見出し。広島平和宣言で安倍首相の挨拶には昨年に続き、第1次政権時で述べた「憲法遵守」の文言は盛り込まなかった、とあった。彼でも5年前にはそう盛り込ませる国の流れ、国民の意識があったということか。そしてそれが今はないということなのか。それとも国民の意識を試しているということなのか。

 

 写真は長者原駅の粕屋町の平和週間のパネル。役場、サンレイク、ハーモニーホールのパネル展、広島、長崎記念の式典参加費用、そして全戸配布の印刷物に発行に61万1千円の予算。

毎年なんとなくこれでいいのかなと思いつつ時が流れているが、新たな試みを提案するときかもしれない。平和は自分たちで作り出すもの。戦争経験者に頼っている場合ではないのだと思う。